(´゚ω゚):;*.:; 最近書くことがねーな

じゃあ書くなよと
しかし、どうも何か書かずにはいられない
病気かもしれません
柳原加奈子だっけ
彼女のネタでブロガーママみたいなのがあったとおもうんですが
おなじようなもんで、依存症っすかね
最近は特に主張したい事もなく、平穏無事なマイニチをすごしてる
決してカルシウムを大量に摂取しているわけでもなく

あぁ、そうだおもいだした
これホントに半年くらい前からズットズット書こうと思ってた事なんで

是非、最後までじっくり読んで考えていただきたいと思います

あ、でもこんな記事見るくらいなら糞して寝たほうがいいと思いますって一応書いとくね


電車の中で音楽聴きながら本を読んでる最中に、
今度blogに何を書こうか考えたりしてるんですが、
その時考えてるネタが、仕事終わって帰ってくる頃にはすっかり忘れてて
全然違う内容の事書いてたりして、
いったい電車の中で考えてた事に意味はあるのか(;・∀・)?
的な感じになって次の日電車の中で
よし、今日こそはこのネタを書こうと思うわけですが、
ここから先は下手すると無限ループになりそうな気がしてきた
本日は恐らく半年ほどが過ぎた日の事である。

そんなわけだから、今日こそ忘れずに書きます
とはいっても、どうせいつも書いてることの延長線上というか
もしかしたら、以前同じ事を書いてるかもしれない

でも俺相当記憶力がいいほうなんで、
大体いつ頃どんな内容の記事を書いたかは覚えてます

だから似たような事は書いたかもしれないけど、今から書くことはたぶん今回が初めてじゃないかと
まあ書いてるうちに同じ事かいてたら思い出すだろう

ではそろそろ本題です
今日のタイトルは「文章」についてです

僕は自分のblogに物凄いダラダラと長文を書きますが
これはダラダラ書いてるといっても、
必要な事を「正確に」「誤解のないように」 相手に「確実に」伝えたいからであって、
僕は「会話よりも正確に自分の考えを伝えるには文章にした方が良い」と信じています

文章というものは一方的であります
これがつまりメリットでもあり、デメリットでもあるのですが
自分の考えを伝えるためには
コチラから相手への一方通行である事が大きなメリットではないかと思うのですがどうでしょう

どう考えても、そうとしか思えないよう事のほうが経験上多いからです
具体的に言えば 何の解決にもなってないのに、
会話をしたという事でなんとなく決着が付いた感覚になってしまうとか?

あるいは、チャットなんかだと問題のすり替えを実にスムーズに行う輩もいますね
自分の事を棚に上げて一方的に話をする輩もいます

今まで散々経験してきたから間違いありません

チャットがロクに出来ない人間の書く文章はホントに意味が分かりにくい

そういう人間の文章を見てみると
訴えたい事はなんなのか
2度3度読み返してみてもピンとこない事が多々あります

思うに、こういう人たちは相手を納得させる事よりも
自分が納得する事を優先してるんでしょうね

ぶっちゃけ、私も独り言的な記事はそういう感覚で書いてます
でも、本当に伝えたい事を書くときは絶対にそういう書き方はしません

私だってモチロン自分自身が納得できないのは嫌ですが
それ以上に、相手に納得してもらわないともっと気持ちが悪いのです

私の納得は、前提として私の考えがきちんと相手に伝わっているか否か
そこが出発点になります

彼らの場合、既に自分自信が納得してしまってるんではないでしょうか?
だからこういう人たちの文章を読み解くには、それこそ相手の気持ちにシンクロしてやる必要があるわけです

説明が下手な人間は確実に存在します
こういう人間は自分の頭の中の理解を単純に口に出してるに過ぎません

それを理解するに至るプロセスがごっそり抜けていて
急に結論が飛び出したりします

つまり、論理の矢印が繋がらないんですね
自己完結してるからです

私は人に説明する時に、 何故そうなのかという事を絶対に忘れず付け加えたいと
常に心がけるようにしています

だから私の文章には
何故なら何々だからだ
というような言い回しを恐らく多用しているんではないかと思います

理由がきちんと説明できない事を、主張は出来ないし、したくないのです
単純に言えばそれだけなんです
僕はこのシンプルなルールに則って常に文章を書く事を心がけています

モチロン、忘れてる事がないとは言い切れませんが

だからハッキリいっときます

読みにくいのは努力してなんとか読みやすいように工夫はしたいとは思います

ただし 長い文章だから飛ばしながら要点だけ拾い読みしようとする
そういう読み方では僕の文書は誤解を招く恐れがあるので
そんな読み方だったら読まないで頂きたいと思ってます

うーん、この部分を一番最初にもっていこうかと思うくらい 重要な事を書きました
本日私が訴えたい事はまさにこれであります

私は、本当に読んでるのか読んでないのか
あるいは、見たのか見てないのか

聞き返したくなるような質問をされるくらいなら
ホントにこんなblog読んでいただかなくて結構ですと言いたいです

ちゃんと相手の文章読んで理解しようという気持ちがない人は
初めからこのblogは見ないでください

すいません、これ別にリアルタイムでまさにそういう問題があったわけではなくて
冒頭で書いたように少なくともこの記事を書こうと思ってから半年ほど過ぎてるので

ま、そんなわけで、これで心のモヤモヤがまた一つ晴れた

blogは僕のセラピー

ところで、一つ思うことがあります

よくくだらない文章を書くやつに限って

「私とか僕とか一人称がばらばらな文章」である事を指摘する輩がいます

僕はいちいち指摘されるのがいやなので、一応書いた後機械的に変換するようにしてます
※めんどくさすぎてやってないときもあります

ですが、本当に疑問です

それがばらばらな事から、その文章を書いている時の相手の精神状態をうかがい知れるというような事を
平気で自信満々に書いてる馬鹿が本当にたまにいるのですが、そんなわけあるかと

本気で言いたい

僕の今回の文章、全くもって冷静に
半年前を振り返って書いたのですが、それでも一人称なんてばらけます

コレは単純に、文脈にそって最もしっくり来るような単語を感覚的に選んでる結果に過ぎません

こんな物から、その時の相手の精神状態が探れるというなら是非探ってみてもらいたいもんです

どうでしょう、コレに異論のある方
あえて変換しない文章を残しておきますので分析してみてはいかがでしょうか

私が納得できる説明が出来るならば素直に納得しましょう

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください